大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和30年(行)6号 判決

原告 小浦方寅一

被告 三条税務署長

訴訟代理人 滝田薫 外六名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対して昭和二十九年九月三十日付でなした(一)昭和二十九年度分贈与税の税額を金六万三千七百二十円と決定した処分のうち金三千六百九十七円をこえる部分、および(二)同年度分贈与税無申告加算税額金一万五千七百五十円の賦課処分のうち金九百二十四円をこえる部分はいずれもこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

「一、被告は、昭和二十九年九月三十日付で原告に対し、原告が昭和二十九年中に別紙第一目録記載の不動産に対する共有持分権を小浦方キク外四名から贈与を受けたとして税額金六万三千七百二十円とする昭和二十九年度分贈与税決定および同年度分贈与税無申告加算税額金一万五千七百五十円の賦課処分を通知した。

二、しかしながら、この課税処分には、つぎに述べるような違法かある。すなわち、

(一)  別紙第一目録記載の田畑および同第二目録記載の建物は、いずれももと原告の父である小浦方寅吉の所有であつたが、右寅吉は、昭和二十三年一月二十四日死亡したので、その妻である小浦方キクならびにいずれもその子である原告、金子喜美、大原タミ、渡辺ヨシおよび小浦方イシにおいて右の田畑および建物所有権を共同相続した。

(二) ところが、その後同年三月一日右の共同相続人間において遺産分割の協議をした結果、(1) 別紙第二目録記載の建物所有権および同第一目録記載の田畑に対する耕作権は原告において取得する、(2) 別紙第一目録記載の田畑の共有権については、小浦方キクが十五分の五、原告、金子喜美、大原タミ、渡辺ヨシおよび小浦方イシが各十五分の二の各持分権を取得する、(3) 原告は、右喜美、タミ、ヨシおよびイシに対しそれぞれ向う三年間、一個年について金一万円を支払う、旨の協議が調つたので、右遺産の分割は、前記寅吉の死亡による相続開始のときにさかのぼつてその効力を生じた。

(三)  しかるところ、原告は、昭和二十八年八月二十七日前記キク、喜美、タミ、ヨシおよびイシから、それぞれ同人らの有する前記田畑に対する共有持分の贈与を受け、翌二十九年一月十三日その旨の登記を経た。

(四) そこで、被告は、同年九月三十日付で原告に対し、前記のような昭和二十九年度分贈与税決定および無申告加算税賦課処分を通知してきたのであるが、当時被告が、贈与税における課税物件の評価額を定めるについては、(1) 課税物件が田の場合にあつては、(イ)自作の場合は賃貸価格の千六百倍の価格、(ロ)貸作の場合は賃貸価格の四百八十倍の価格、(ハ)耕作権の場合は賃貸価格の千百二十倍の価格、(2) 課税物件が畑の場合にあつては、(イ)自作の場合は賃貸価格の二千倍の価格、(ロ)貸作の場合は賃貸価格の六百倍の価格、(ハ)耕作権の場合は賃貸価格の千百二十倍の価格を基準としていたのであり、したがつて、原告が前記贈与によつて取得した田地および畑地は、いずれも前記のように原告において右贈与を受ける前から引き続きその耕作権を有していたものであつて、贈与者である前記キク、喜美、タミ、ヨシおよびイシには自作する権利がなかつたのであるから、右の評価基準にいわゆる貸作の場合に該当するものというべきである。

(五)  そうだとすると、当時における前記田地の賃貸価格合計金二百八十円六十五銭の四百八十倍の金十三万四千七百十二円および当時における前記畑地の賃貸価格合計金十二円四十五銭の六百倍の金七千四百七十円、以上合計金十四万二千百八十二円の六分の五、すなわち、金十一万八千四百八十五円から基礎控除額金十万円を差し引いた金一万八千四百八十五円に税率百分の二十を乗じて算出した金三千六百九十七円が原告の納付義務ある贈与税額である。

(六)  したがつて、また、右の贈与税額金三千六百九十七円に百分の二十五を乗じて算出した金九百二十四円がその無申告加算税額である。

(七)  よつて、被告が前記田畑を自作地と評価してなした前記贈与税決定および無申告加算税賦課処分は、いずれも前記各金額を超過している点において違法といわなければならない。

三、そこで、原告は、昭和二十九年十月二十八日付で被告に対し再調査の請求をしたところ、被告は、同年十二月十八日右再調査の請求を棄却する旨の決定をし、同月二十一日その旨を原告に通知した。しかしながら、被告のなした前記贈与税決定および無申告加算税賦課処分には、いずれも前記のとおり違法の点があるから、その部分の取消を求めるため、本訴請求に及んだ。」

と述べ、被告の本案前の答弁に対し、「一、原告が被告主張の審査の決定を経ないで本件訴を提起したことは認める。二、原告が右のとおり審査の決定を経ないて本件訴を提起したのは、つぎのような事由によるのである。すなわち、前記原告のなした再調査請求に対する棄却決定の通知のあつた昭和二十九年二月二十一日当時において、原告と同居していた原告の実母である小浦方キクが、高血圧症、慢性腎炎のため、血圧は最高二百三十ミリにも達して軽度の卒中発作を起し、かつ、頭痛、めまい、心悸亢進等を突発的に起したので、原告において常時その看視と看護にあたらざるを得なかつたのであり、特に昭和二十九年十一月中旬から翌三十年一月下旬までの間は症状重篤であつたため、原告は瞬時もその傍らを離れることができなかつた。この為原告は、前記再調査の決定に対し法定の期間内に審査の請求をすることができなかつたのである。三、そこで、以上のような事情は、相続税法第四十七条第一項但書にいわゆる審査の決定を経ないで直ちに訴を提起するについて正当な事由がある場合にあたるものというべきであるから、原告の本訴提起は適法である。」と述べた。

被告指定代理人は、本案前の答弁として、「原告の訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、「本件訴は、相続税法第四十五条第五項の規定による審査の決定を経ないで提起されたものであり、したがつて、本件訴は、同法第四十七条第一項に定めるいわゆる訴願前置の要件を欠く不適法な訴であるから、却下さるべきである。」と述べ、なお、原告のこの点に関する主張事実は全部知らないが、仮りに、そのような事実があつたとしても、かかる事実は、相続税法第四十七条第一項但書にいわゆる前記審査の決定を経ないで直ちに訴を提起するについての正当な事由にはあたらない、と述べ、

本案について、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「一、原告主張の事実のうち、原告が昭和二十八年八月二十七日小浦方キク、金子喜美、大原タミ、渡辺ヨシおよび小浦方イシからそれぞれ原告主張のとおり同人らの有する前記田畑に対する共有持分の贈与を受け、翌二十九年一月十三日その旨の登記を経たこと、被告が昭和二十九年九月三十日付で原告に対し原告が右のとおり前記田畑の持分の贈与を受けたとして原告主張のようにこれを自作地と評価して税額金六万三千七百二十円とする昭和二十九年度分贈与税決定および同年度分贈与税無申告加算税額金一万五千七百五十円の賦課処分をしたことおよび原告が昭和二十九年十月二十八日付で被告に対し再調査の請求をし、被告が同年十二月十八日この請求を棄却する決定をしたことは、いずれも認めるが、その他は争う。二、仮りに、原告主張の日に前記田畑について原告ら共有者間にその主張のような内容の協議ができたとしても、その趣旨は、原告に対して他の共有者(共同相続人)が右の田畑を賃貸ないしは使用貸をすることの約束をしたものではなく、単に共有物たる右の田畑について、原告をして単独で管理、利用せしめる旨の管理および利用の方法を定めたに過ぎないのである。すなわち、右田畑の共有者である原告は、共有者として右の田畑全部について使用、収益する権利を有しているのであるから、原告が他の共有者から共有物たる右の田畑を借り受けるというようなことは法律上無意味であり、したがつて、原告ら共有者間でこのような内容の約束をしたとしても、その趣旨は、法律上は、共有物たる右の田畑についてその管理および利用の方法を定めたに過ぎないものであると解するほかはないのである。三、ところで、共有物たる前記田地について右のような管理および利用の方法が定められていたとしても、このために共有持分権の経済的な交換価値がそこなわれることは少しもないのである。したがつて、被告が原告主張のような評価基準によつて前記田畑を自作地として所有権を評価し、これを原告ら共有者の各持分の割合に応じて按分して各持分権の価格を算出し、これにもとずいて原告の贈与を受けた持分権を評価して本件贈与税額ならびに無申告加算税額を算出したのであるから、被告のなした本件課税処分には何ら原告主張のような違法のかどは存しない。よつて、原告の本訴請求は理由がない。」と述べた。

〈立証 省略〉

理由

被告が昭和二十九年九月三十日付で原告に対し原告が同年中に小浦方キク、金子喜美、大原タミ、渡辺ヨシおよび小浦万イシからそれぞれ原告主張のとおり同人らの有する別紙第一目録記載の田畑に対する共有持分権の贈与を受けたとして税額金六万三千七百二十円とする昭和二十九年度分贈与税決定および同年度分贈与税無申告加算税額金一万五千七百五十円の賦課処分をしたこと、被告が同年十二月十八日原告の再調査の請求に対してこれを棄却する旨の決定をしたことおよび原告は同年十二月二十一日右再調査請求棄却の決定の通知を受けた(この事実は、原告の自陳するところである。)が結局相続税法第四十五条第五項の規定による審査の決定を経ないで本件訴を提起したものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、原告は、本訴を提起するについて前記審査の決定を経なかつたことについては相続税法第四十七条第一項但書にいわゆる正当な事由があるから、本訴の提起は適法である、と主張する。

なるほど、証人西野入真澄の証言によつてその成立を認め得る甲第一号証、同証人の証言および原告本人尋問の結果を総合すると、前記再調査の請求棄却の決定の通知のあつた昭和二十九年十二月二十一日当時において原告と同居していたその実母の小浦方キクは、高血圧症、慢性腎炎をわづらつていたが、同年十一月中旬ごろから翌三十年一月下旬ごろまでの間はその症状重篤であつて、頭痛、めまい、心悸亢進が突発的に発来するところから常時その看視と看護とを必要とする状態にあつたため、当時原告は、ほとんど右キクのもとから離れないようにして同人の看病にあたつていた事実を認めることができるけれども、他方また、いずれも成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証、証人小浦方イシの証言および原告本人尋問の結果によると、当時原告方の家族には、原告および右キクのほかに原告の妻であるサクおよび当時三条市役所大崎支所に書記補として勤務していた原告の姉であるイシらがいた事実、右イシにおいても前記の勤めをすませたうえ右キクの看病にあたつていた事実および原告は農業を営む傍ら土地家屋調査士として昭和二十九年十二月初旬ごろから翌三十年一月下旬ごろまでの間に十数回(十数件)にわたつて所かつ庁に不動産登記申請ないし不動産台帳に関する申告手続等をしている事実等を認めることができるから、これらの事実から考えると、原告が右キクに対して前記のような看病を要したからといつて、このことのために前記審査の請求をいちじるしく困難ならしめたようなことはなかつたものと認めるのが相当である。

そうすると、原告において右キクの看病を要したという前記のような事情は、相続税法第四十七条第一項但書にいわゆる審査の決定を経ないで直ちに訴を提起するについて正当な事由のある場合に該当しないことは明らかであるといわなければならない。

果してそうだとすると、前記審査の決定を経ないで直接に本件課税処分の取消を求めるため提起せられた本件訴は、相続税法第四十七条第一項所定のいわゆる訴願(審査の請求)前置の要件を欠く不適法な訴といわなければならない。

よつて、原告の訴を不適法として却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 唐松寛)

第一目録・第二目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例